大判例

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京都地方裁判所 昭和51年(ヨ)1033号 決定

申請人

財団法人都山流尺八楽会

右代表者

中尾都山

右代理人

中坊公平

外三名

被申請人

都山尺八協会

右代理人

坂本正寿

小松誠

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一本件申請の趣旨並びに理由は別紙のとおりである。

第二本件記録によれば左の事実が疏明される。

一申請人は、「都山流尺八教授者の養成と、音楽的情操教育の函養を図り、もつてわが国における音楽文化の昂揚発展に寄与すること」を目的として昭和四〇年三月二五日設立された財団法人であり、その目的達成のため、申請の理由一項に記載の事業を行つており、都山流尺八の師匠の資格のある所謂流人であつて、申請人に資金供与を義務付けられている「会員」によつて実質上維持されている。被申請人は申請人の執行部の、会運営の方針に同調し得ない会員が、分派独立して昭和五一年四月一二日に結成した権利能力なき社団であり、申請人とほぼ同一の目的を以て、ほぼ同一の事業を行つている。

二申請人は都山流尺八団体を母体として設立されたものであり、この団体は申請人の会員組織として継承されている。右団体は家元制度の形態をとり、宗家、親師匠、師匠、弟子、孫弟子という師弟関係のピラミツド型階層組織を構成している。被申請人はこの団体が分派独立したものであるため、その会員は、申請人の会員組織が宗家として初代中尾都山の妻を頂点に据えているに対し、二代中尾都山の娘を宗家とする点に相違はあるが、同様の形態をとつている。そして准師範、師範の検定試験の受験手続はすべて師匠を介して行なわれる仕組となつており、被申請人に受験希望する者には、被申請人に会員登録した師匠から、被申請人所定の用紙(宛先として被申請人の名称が印刷してある。)が交付され、これに所定事項を記入し、師匠を介して被申請人に提出することになつている。

三被申請人が分派独立するその前後、申請人執行部を支持するグループと、これを批判するグループとの間に激しい論戦が展開され、相互に自己の主張を記載した声明書、反論書等の文書や機関紙を、流人を始め、尺八界、琴箏界の関係人、関係機関に頻繁に配布したため、都山流宗家継承争がこれにからんでいたこともあつて、尺八界、琴箏界の大きな注目をひき、斯界の専門誌や、一般般雑誌、新聞もこの紛争を取上げ掲載したため、申請人の外に、同一目的を以て同一事業を営む団体として、被申請人が成立するに至つたことは、尺八界、琴箏界に遍ねく知れ渡つた。

第三不正競争防止法による差止請求について。

一申請人の名称「財団法人都山流尺八楽会」と被申請人の名称「都山流尺八協会」が、通例、法人の種類を示す「財団法人」は呼称から省略される事実を顧慮すると、一般的にいつて類似していることは否めない。その類似する所以は、両者ともその主要部分が「都山流尺八」である点に存すると考えられる。ところで「都山流尺八」自体は一尺八楽派を示す普通名称であり、いやしくも「都山流尺八」に関係のある者であれば、個人、団体を問わず何人も、その関係における自己を表示する名称中に使用できる正当の理由を有するものであつて、先に名称中に使用した者に、排他的独占的な専用権が生ずるものではない。この意味で「都山洲尺八」を先にその主要部分に使用した名称は、後にやはりこれをその主要部分に使用したため類似するに至つた名称との関係では不正競争防止法第一条一項二号の適用上、同号にいう「他人の氏名…」に該当しない、というべきである。前記第二の一の認定事実により明らかであるように、申請人も被申請人も、都山流尺八に関して、ほぼ同一の目的のため、ほぼ同一の事業を行つている団体であるから、その関係における自己を表示する名称中に「都山流尺八を使用する正当の理由を有するわけで、その結果、それぞれの名称が主要部分を共通にするため類似するからといつて、先使用者である申請人が後使用者である被申請人に対しその名称の使用の禁止を求め得る筋合にない、というべきである。

二「都山流尺八」が一尺八楽派を示す名称として我国で広く認識されていることは当裁判所に明らかである。また被申請人が成立する以前は、都山流尺八団体としては申請人が唯一のものであつたから、尺八界およびその隣域である琴箏界において、申請人の名称が広く認識されていたことは本件記録により疏明される。しかし申請人の名称が一般社会に広く認識されていたことを疏明できる証拠はない。不正競争防止法第一条一項二号は、ある者の名称がある世界で広く認識されている場合に、その世界における名称の類似による主体の混同を防止し、以てその名称者の利益を擁護しようとする趣旨に出た規定であることは明らかであるから、申請人が被申請人に対しその名称の使用を右規定により差止めることができるかどうかは、申請人の名称が広く認識されている尺八界、琴箏界において、名称の類似により両者の主体の混同が生じるおそれがあるか否かにより、判断すべきである。しかるに第一の三で認定したように斯界においては、申請人のほかに、同じく都山流尺八団体として被申請人が存在することは知れ渡つているのであるから、右混同のおそれはほとんどない、ということができる。もつとも極めて稀少の例外が生ずることがあることは予想されるが、その故を以て前記規定が適用できるとは解されない。

三申請人は、申請の理由において、被申請人が類似名称を使用し、申請人と同一事業を行なつているため生じた混同の例を、挙げている。しかしながら、

1 (イ)は第一の二で認定した事実関より起り得ないことである。申請人がその疏明資料として提出している〈証拠〉は〈証拠〉と対比して検討すると、

準師範検定試験出願者の師匠が被申請人の検定試験を受験させるべく、願書を被申請人に送付し、試験の結果合格して免許状が下附されたが、出願者は申請人の検定試験を受験してその免許状を取得することを希望していたので、今度は師匠を介せず、直接申請人に受験を出願した事実を疏明するものに過ぎず、申請人主張の混同の事実を疏明するものでないことは明らかである。よつて前記認定の反証となるものではない。

2  (ロ)については、〈証拠〉によると、被申請人成立前、都山流尺八団体といえば申請人だけであつたから、従来その講習を受けていた者が、その経験から都山流尺八の講習会といえば申請人の主催と思い込んでいたため、主催者名に注意せず、漫然と被申請人主催の講習会を申請人の講習会であると誤解して出席した事例であり、名称の類似により混同を生じた事件ではない、と認められる。仮に混同の事例であるとしても、稀少の例外の一と考えられる。

3  (ハ)、(ニ)、(ホ)はそのような外形的事実があつたことは本件記録により疏明されるが、それが申請人と被申請人の名称の類似から生じた混同によるものであることを疏明する証拠はない。さきに認定したとおり、一般社会人の間では、申請人の名称が、広く認識されていたことを疏明し得る証拠はないが、それは尺八や琴箏に特段の関係がある者でない限り、尺八団体の名称は勿論、団体そのものの存在についても関心がないからだと考えられる。こうした一般社会の人にとつては申請人、被申請人のいずれであつても「都山流尺八の組織」程度の認識しかない、と認めるのが相当であり、したがつて(ハ)、(ニ)、(ホ)の如き事件は名称の類似による混同より起つたものでなく、各名称に対する関心の薄さより生じたものと認めるべきである。

よつて不正競争防止法に基づく差止は理由がない。

第四氏名権に基づく差止請求権

氏名は、人の同一性を示すものとして人格と密接しているから、他人がこれを冒用するときは、人格権の一種である氏名権に基づき、その差止めを求めることができるものと解される。申請人と被申請人の名称が相違していることは明らかである。ただ相違していても、極めて類似しているため、社会的には同一名称ととられるおそれのある場合は、やはり氏名権侵害の問題が生じ得るものと解される。申請人と被申請人の名称はその主要部分に「都山流尺八」を使用している点において類似しているが、社会的に同一名称ととられるおそれがある程度ではない、ということができる。仮にそのおそれがある、としても第一で述べたように被申請人は右使用につき正当の理由を有する。かかる場合は氏名権の侵害とはなり得ない、と解される。よつて氏名権侵害を理由とする差止めも許さるべきではない。

第五以上の次第で、結局本件仮処分申請は被保全請求権を欠くから、失当として却下すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(野田栄一 佐々木寅男 松田清)

申請の理由

一ないし五〈略〉

六、混同とそれによる損害

申請人の名称と被申請人の名称は、一見して明らかなように、著るしく類似している。ことに、申請人名称のうち「財団法人」の部分は、個性のない普通名称であつて、従来から日常的には省略されることが多かつたから、

都山流尺八楽会と、

都山流尺八協会

とを対比すれば、主要部分を完全に同じくし、僅かに付随部分のうち一字が異なるのみで、ほとんど同一の名称というべきである。

被申請人が、このような類似名称を使用し、前記のとおり申請人の事業とまつたく同一の事業を行なつているため、申請人が知つているだけでも、既に次のような混同が生じている。

(イ) 被申請人の実施した検定試験に合格した者から、申請人に対し、問い合せ、ないしは苦情が来ている。

(ロ) 被申請人主催の講習会を申請人が主催しているものと誤解して出席し、後にその誤解に気づいて不愉快だつたとの苦情ないし申し入れが申請人に来ている。

(ハ) 各地の演奏会用会場について、これまで申請人が永年にわたり毎年定期的にその会場を借りて演奏会を開催して来たため、その時期にその会場を借り得ることが申請人の既得権となつているものがある。しかるに、最近、被申請人が先に申込をなし、会場管理者が申請人と被申請人とを区別できずにこの申込を受理したため、トラブルとなつている例が出ている。

(ニ) 各地で両者の演奏会が競合し、一般人あるいは入門志望者には両者の区別がつかず、伝統ある申請人主催の演奏会と誤解して被申請人の演奏会を聴きに行く者がある。

(ホ) 被申請人の宿泊飲食代金の請求書が申請人に送らて来たことがある。

その他、両者の事業および名称の同一・類似性からして、申請人の耳にはいつていないけれども、全国各地で各種の混同が生じていることは容易に推認できる。ことは、ほんらいならば申請人の組織に入会・入門すべきところ、混同による誤解によつて被申請人側に入会・入門している者が多数あると思われる(それらは、事の性質上、申請人において知ることは困難である)。

このような混同と混乱が、被申請人の本件名称使用が継続するかぎり、今後とも発生するであろうことは当然である。そして、それによつて申請人の事業経営上の利益が侵害され、また今後とも侵害される虞を生じていることも、多言するまでもない。

申請人が、都山流から継承し、その後も努力と資金を注いで培つて来た名声と信用は傷つけられ、申請人の事業の円満な遂行は阻害されつつある。現に、各種事業収入、会費収入とも、かなりの減少を示しつつあるのである。

七、不正競争防止法による差止請求権〈以下、省略〉

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